「話す」は「離す」になる|圧倒的な孤独をため込まないために

NHKのドキュメンタリーで、サカナクション山口一郎さんがうつの症状について尋ねられたとき、「圧倒的な孤独と不安」と表現していた場面が、強く心に残りました。

ただの「孤独」ではなく「圧倒的」と言ったところに、その深さを感じたからです。


“孤独を楽しむ”孤独と、“本当の孤独”

世の中には「孤独で強くなる」「孤独を楽しむ」といった言い方があります。もちろん、一人の時間を味わえること自体は大切です。
けれど私が思うのは、そうした“孤独”は、まだ人とつながれる感覚がどこかに残っている人が語れる孤独なのではないか、ということです。

本当の孤独は人を強くするどころか、静かに蝕んでいきます。
世界に取り残された感覚。忘れられていく恐怖。
それなのに身体が動かない、何をしていいか分からない絶望感。
たんに「一人でいる」ということではなく、“圧倒的”という言葉が必要な孤独が、確かにあると思います。


「話す」は「離す」になる

私がこの番組から受け取った一番大きなメッセージは、回復が一直線ではないこと以上に、不安や状態を「話す」ことの意味でした。

「話す」は「離す」にもつながる。
自分の内側だけにため込んでいると、いつか決壊が起きてしまう。

山口さんも「うつは誰でも持っていて、それが大きくなったら心と身体に影響が出る」と語っていました。
だからこそ、決壊する前に“話す=離す”ことが大切なのだと思います。


休むことは「止まる」ではなく「充電」

ただ、ため込む癖のある人は少なくありません。
身体のサイン、心のサインを見過ごしたり、そもそも気づきにくかったりもします。
だから「休むこと」は、とても重要です。疲れてから休むのではなく、疲れる前に休む

けれど、休むことに罪悪感がある人もいます。私もそうです。
無理に休もうとして、それが逆にストレスになることもあります。

それでも私は、休むことを「止まる」ではなく「エネルギーを蓄える」と捉えるようにしています。
また動くための“充電”。まだ上手ではありませんが、日々の中に少しずつ組み込んでいます。


「休めない価値観」は、どこで身についたのか

幼少期に「休む=怠け」「リラックス=やる気がない」と言われる環境で育つと、その価値観は体に染み込みやすいです。
一見正論のように見えても、自分を鞭打ち続け、休めないままでいると、いずれ心と身体に影響が出てしまう。

その価値観は本当に正当なのか。
本当はどうしたいのか。
そうした問いを、カウンセリングや認知行動療法などで丁寧に扱っていくことができます。


好きなことさえ、重くなる日がある

山口さんは「音楽に救われた」と語っていました。
一方で、その音楽がプレッシャーになる期間もあったようです。
好きなことができない。好きという気持ちが薄れていく。
それは、とてもつらいことです。

だからこそ、堂々と休むこと。
そして、言葉にして整理すること。
カウンセリングは「悩みを解決する場」というだけでなく、「自分の気持ちを言葉にして、ほどいていく場」でもあります。悩みがあってもなくても、話すことで自分を知り、これからの見通しが少し開けることがあります。


揺り戻しがあるからこそ、小さく“離す”

良くなったと思ったら、また悪くなる。
そんな揺り戻しを繰り返すと、絶望的な気持ちになることもあるでしょう。

それでも、決壊する前に小さく“離す”。小さく“休む”。
その積み重ねが、回復の土台をつくっていくのだと、私は感じました。

最後に

もし今、孤独や不安が大きくなって日常がつらいと感じるなら、一人で抱え込まず、身近な人や医療機関・地域の相談窓口に「いまの状態」を言葉にしてみてください。話すことは、少しだけ不安や孤独を“離す”助けになります。

管理者

阿賀嶺 壮志(あかみね たけし)
1983年、沖縄生まれ
一般社団法人プラスワンライフ代表理事:公認心理師

精神科クリニックや学校現場で、15年にわたり心理支援・カウンセリングに携わってきた信頼と実績のあるカウンセラー。
幼少期の病弱さと孤独な経験から「ありのままの自分を受け止めてくれる存在」の大切さを深く実感し心理の道を志す原点となる。
教員時代の挫折や、言葉を超えた児童との心のつながりを通して、トラウマ支援への使命感を強めていった。

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